「富士ニュース」平成23年6月7日(火)掲載

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Meiso Jouki

 坐禅用の黒い蒲団を、ひょいと持ち上げたときのことです。見慣れぬ黒い小さな生き物が、じっと「固まって」いました。
 よほどびっくりしたのか、それとも保護色よろしくじっとしていれば見つからないと思ったのか、彼(彼女?)はまったく逃げようとしません。なんだかおかしくて、あわてて座布団をかぶせました。
(まぁいいか、ここは先客に譲って、坐禅はよそでやろう)と思い直したのですが、あまり見かけぬその生き物の正体が気になって図鑑で調べたら、「ニホンヤモリ」でした。

 ここ妙善寺は自然豊かで、四季を通じていろいろなお客さんが訪れるのですが、ヤモリは初登場。日本中どこでも見られるというのに、なぜかご縁がありませんでした。
 人に噛みつくこともないし、食べ物を食い散らかすこともない。おまけに害虫を捕まえてくれるまさに「家守」。だからヤモリのいる家は福が来ると言われ大事にされてきた、と図鑑には解説されていました。
 そんな縁起のいい生き物ならぜひ家人に見せたいと思い、もう一度蒲団を持ち上げてみると…なんと、まだじっとしていました。よほど気に入ったのでしょう。(悪いけれどちょっと一緒に遊んでね)と透明な容器に移し、しばらく放っておいて見に行くと、なんと体の色が薄い灰色に! 容器を置いた場所が、白い壁のそばだったからでしょう。
(本当に体の色を変えられるんだ)と感動しながら、くりくりと大きな目をチェックしたり、壁や天井を自由自在にぺたぺたと歩き回る姿を愛でたり、(かわいいね、かわいいね)と、しばし観察を楽しんで、本堂の蒲団に戻したことでした。

 そういえば、先日、娘から電話がありました。「玄関の上に鳥が巣を作って、草とか土とか落ちて汚れて困るんだけれど、どうしたらいい?」
「えっ! それ、ツバメじゃないの?」
「そういえば、そんな感じかも。赤い顔してる」
「ツバメが巣を作る家は安全で人が集まるから、昔から福が来るって言うよ。頼んだって絶対作ってくれないんだから、見守ってあげなよ。そのうち子どもが生まれるよ。きっとかわいいよ」
「そうなんだ。じゃあそうするね」…と相づちを打った娘から、後日、巣に仲良く並んだ夫婦ツバメの写メが送られてきました。穀物は食べずに害虫だけを退治してくれるツバメも、この国では長いこと歓迎されてきた生き物ですが、残念ながら、最近はあまり姿を見なくなりました。

 新緑の季節。
(私たちの周りには本当にいろいろな生き物が、住んでいるんだなぁ)としみじみ実感したとき、ふとそれは、「私」を中心に据えた、おごりではないかと気づきました。
 むしろ逆に、(こんなにたくさんの生物の中に、私たちも、生き物の一種類として生きることを許されているんだなぁ)と、受け止めるべきではないかと。
 人間は知能も優れ、技術も持ち、力もあって強いけれど、大自然の力は、人間が及びもつかないほど大きいことを、私たちは今回知りました。
 そんな中、ヤモリとツバメの登場は、私に、先人が日本の自然の中で、身近な生き物と共存しながら、どう謙虚に暮らしてきたかをもう一度思い出させてくれたのでした。

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明窓浄机

文・絵 長島宗深

ヤモリとツバメ それから私