「富士ニュース」平成23年9月25日(火)掲載

159



Meiso Jouki

 妙善寺観音堂の正面に、雄渾な筆勢で『常念閣』と書かれた額が掛かっています。
 臨済宗・中興の祖といわれる高僧、白隠禅師の墨蹟(書)をもとにした扁額です。禅師は妙善寺と深い関係がありますが、『延命十句観音経』を広く一般に紹介された禅僧としても有名です。「このお経には大きな功徳があるのだから、大いに信心すべきである」と、さまざまな霊験の例を挙げ、力を込めて説かれたのです。『常念』とは、常にこのお経を唱えよ、という意味でしょう。
「なにかいいお経をひとつ…それも、あまり長くないのを、教えていただけませんか?」
 私は時々こんなことをたずねられますが、そんな時、自信を持ってお薦めしているお経がこのお経なのです。わずか四十二文字の短いお経ながら、大変に功徳と御利益が大きく、妙善寺では現在、法事のご焼香の折や観音祭典にはくり返しくり返し読誦しています。
  ※    ※
『延命十句観音経』
観世音。南無仏。
与仏有因。与仏有縁。
仏法僧縁。常楽我浄。
朝念観世音。
暮念観世音。
念念従心起。
念念不離心。
  ※    ※
 私が修行でお世話になった三島・龍澤寺は、白隠禅師が開かれた道場ですが、朝のお勤めでは「かーん、ぜー、おーん。なー、むー、ぶつ」と、びっくりするくらいゆっくりこのお経を三十三回唱え、最後に「無ーっ!」と大声で一喝するのが常でした。巨大な木魚から放たれる重低音に導かれて何度も何度も腹の底から念じているうちに、観音さまと一つになったような心地よさが感じられ、不思議な感慨に包まれることが何度もありました。
 このお経は現代では心身症の治療にも使われることもあるそうですが、大変にリズムのよいこのお経なら、それも納得できます。ある信者さんは、もう何十年も、散歩の時に、「かーん! ぜー! おん!」と心の中で十句経を唱え、木魚代わりに大地を足でズンズンと踏みしめ、心身ともに健康な毎日を過ごされていると聞きました。
 かく言う私も、ふと気がつくと、背すじを伸ばして黙読していることがよくあります。歩いている時も、立っている時も。また、夜、眠れない時も、不安なときも…。あれこれ悩みの迷路に入り込んでしまったときも。

 いつでも、どこでも、どんな状態ででも唱えられるのが、このお経のいいところです。また、ほどほどの長さですから、お写経をするにも最適です。
「このお経さえ唱えていれば、何があっても、どんな目にあっても、お前は大丈夫だ!」…幼くてまだ漢字さえ知らない頃、師匠からそう教えられてその通りに行じ、さまざまな困難を乗り越えられた高僧の例もあります。ただ無心に観音さまを信じ、念じ続けることの尊さをしみじみ思います。
『延命十句観音経』のお経の写しは、観音堂内に常備してあります。お唱えしたい方は、どうぞお参りください。

おはなし 目次に戻る
明窓浄机

文・絵 長島宗深

延命十句