「富士ニュース」平成31 年1月掲載

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Meiso Jouki

私たち臨済宗では、お正月の床の間に達磨大師のお姿を描いた軸を掛けるのが常です。禅宗を最初に広められた大恩人だからです。

 床の間の中央に掛け軸、左側には禅僧が用いた?杖(しゆじよう)(杖)を立て、右側にはお袈裟をたたんでしつらえます。さらに花を添え鏡餅をお供えして手を合わせると、まるでそこに達磨大師がいらっしゃるように感じられて、(禅の教えを、今年も伝えさせていただこう)という新年の思いもあらたになるのです。

 この達磨大師の教えとして伝わる「三(さん)種(しゆ)安(あん)楽(らく)の法(ほう)門(もん)」があります。いわば日常生活の三つの心構えです。

その第一番に「徐緩(じよかん)」という言葉が出てきます。ゆっくり、あわてず、落ち着いて、といったところでしょう。

第二「唯浄(ゆいじよう)」=心調え、清浄(きよらか)に。

第三「唯善」=腹を立てず、おおらかに、と続きますが、私はこの第一の「徐緩(じよかん)」という言葉がとても好きです。
 徐は、ゆっくり、ゆるやかの意。緩も、ゆるやか、のろいの意。どちらも、この効率至上主義、スピード第一優先の時代にはそぐわないかもしれませんが、そういう時代だからこそ、大事なことを置き去りにして見失わないためにも、せめて口ずさむように心がけているのです。

 これまでにも似た意味の言葉にいくつか出会いました。
 まずはネパール語の「ビスターリ」です。二十歳代後半に訪れたヒマラヤトレッキングの折、案内のシェルパさんが、何度も口にしていた言葉です。ヒマラヤ登山の常套句だと聞きました。「ビスターリ・ビスターリ」。(ゆっくり、ゆっくり行きましょう)という意味です。
 私が参加したのはヒマラヤとはいえハイキングのような低山徘徊コースでした(最高約四千b弱)。ツアーでは、休憩の度に薪から火を熾(おこ)し、お湯を沸かしてミルクティー(チャイ)をゆっくり作り、ゆったりと飲んでティータイムをします。でも、当時、体力が有り余っていた私はいい気になり、お茶もそこそこに、珍しい景色の撮影に動き回っていました。そして…やがてダウン。今にして思えば、こういうのんびりとした時間は、高所順応に必要だったに違いありません。そういうおごりを何気なく諫(いさ)めるのが「ビスターリ」だったのです。

 次に出会った言葉がスワヒリ語「ポレポレ」でした。大のアフリカ好きで知られた故いかりや長助さんをご縁にして知った言葉です。古くからの知人であったいかりやさんがお正月にお寺に来て、ほろ酔い加減で楽しそうに話してくれたり、アフリカロケのテレビ番組を観たりしていて好きになりました。意味はやはり「ゆっくり」だそうです。言葉の響きもいいですね。

 もうひとつは、最近知った禅語です。「且(しや)緩々(かんかん)」といいます。且(しや)は「とりあえず、しばらく」の意。緩は、徐緩で説明しました。
「まあまあ、そうあせらず、あわてず、ゆっくりひと息ついて落ち着いて、気負わず自然体でいきましょうよ」
といったところでしょうか。この禅語は、何といってもリズムがいいです。「シャカンカン。シャカンカン」と、何度もおまじないのように唱えていると、とてもおおらかな気持ちになってきます。

 変化が激しくあわただしい現代社会ですが、しっかりとわが身と周囲を見据え、この一年を、「徐緩」「ビスターリ」「ポレポレ」「且緩々」と過ごしたいものです。



文・絵 長島宗深

且緩々(しゃ かんかん)

明窓浄机

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