「富士ニュース」平成16年9月22日(水)掲載

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Meiso Jouki

  針に糸を通すのは、相当慎重にやっても、なかなか厄介なものです。
 法衣の繕い物はすべて自分でしていたお釈迦さまの時代でも、きっとそうだったのでしょう。仏教には『妙高の線』という、こんな喩え話があります。

 妙高山(須弥山)という仏さまが住む山は、とても高く、切り立った崖のようになっているそうですが、その頂きから一本の細い細い絹糸を垂らしてみるというのです。
 崖の途中は強い風が吹き荒れています。糸は左右に大きく揺れながら、鋭い岩に何度も叩きつけられて擦れます。ちぎれそうになります。
 でも、奇跡的に切れることなく長い時間をかけておりていきながら、糸は遥か下界の麓にたどり着き、なんと、置いてあった一本の針の穴の中にすっと通った…というのです。

 私たちが人間として生を受けるというのは、こういう奇跡だというのです。これほど稀なことだというのです。
 この一本の糸とは、人類がこの世に出現してから現在に至るまでの数十万年の間、一度も途切れることなく続いてきた、私への「いのちの糸」です。
 私に連なるご先祖さまの誰一人が欠けても、この私のいのちはありませんでした。私たち一人ひとりのいのちは、自分一人のものではなく、ご先祖さまみんながつないでくださったいのちなのです。

 日本人は、このご先祖さまに、様々な形で感謝の心を表してきました。
 お盆には、お仏壇にご先祖さまをお迎えしておもてなしをしましたね。
『盂蘭盆経』というお経では「お盆の折には、現在の父母ならびに過去七代の父母を供養しなさい」と説かれています。
 過去七代とは、大変な数です。一体どれくらいの数になるのでしょう。

 試みに簡単な家系図を書いてみます。みなさんもやってみませんか?
紙の一番下に自分の名前を書き、順に上に書き足していきます。
「現在の父母」とは両親ですから二人です。もちろん名前もわかります。
 一代前は祖父母の四人。
 二代前は八人の曾祖父母。名前がわからなければ、ただ「父」「母」とだけ記します。
 三代前は十六人。四代前は三十二人。もう名前はわかりません。線も、かなりごちゃごちゃになってきます。五代前で六十四人、六代前で百二十八人、七代前になると二百五十四人…。
 こうして過去七代を合計した「父」「母」の数は、なんと五〇六人にものぼります。
 今日ここに「私」があるのは、わずか七代(約二百年)を数えただけでも、こんなにたくさんのご先祖さまのおかげなのだと、驚きを禁じ得ません。

 秋の一週間のお彼岸の中でも、明日、秋分の日は特に「祖先を敬い、亡き人をしのぶ」祝日として位置付けられています。
 生きるチャンスを与えてくださった多くのご先祖さまに感謝し、さらに、このかけがえのないいのちをどう生きたらいいか、深く向き合う日でもあります。

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明窓浄机

妙高の線 みょうこうの いと