「富士ニュース」平成17年4月12日(火)掲載

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Meiso Jouki

  杉木立の参道を抜けてたどり着いた玄関。入門の第一難関「庭詰」の舞台です。

 上がり框に横座りになり、袈裟文庫の上に不自然に体をよじって構えます。
 床の上に差し出した掛搭(入門)願書に添えた誓約書には、規定通りとはいえ、とても家族には見せられない誓いの言葉が書いてあります。「もし道場の規律を犯せば、いかなるご処分あるとも決して異議なく…」と。
 こうした準備を無言の内に整えて、初めて挨拶の掛け声です。腹の底から声を絞り出しなさい、と先輩和尚から教えられたとおり、気合いを入れ、大きく息を吸って、全山に響き渡れと力を込めた大声で叫びました。

「たぁーのーんーまーしょ〜」(頼みましょう)
 間髪入れず、衝立の向こうから、負けじと大きな返事が返ってきます。
「どぉ〜れ〜!」
 すぐさま障子が開き、玄関係の雲水(修行僧) が走り寄って応対します。
「いずこより?」
「富士市妙善寺徒弟、長島宗深、当僧堂に掛搭致したく、お取次ぎをお願いします」
「しばらくお待ちください」
 奥にいったん姿を消した雲水はややあって、
「当道場はただいま満衆(満員)となっております。これより東には鎌倉に円覚・建長、西には臨済・徳源と高名な僧堂がございますので、どうぞそちらへ、足元の明るいうちにお回りください」
と、丁重に断り、姿を消してしまいます。

 ここで、(ああそうですか)と、あっさり引き下がるわけにはいきません。ここからが、座り込みの始まりなのです。いくら断られようとも、この姿勢のまま、ただじっと待つのです。
 袈裟文庫に額をつけ、ひれ伏し続けるため、視界はさえぎられます。わずかに目に入るのは、玄関先の雨景色。そして時折、けたたましい足音で頭のすぐ脇を行き交う雲水の素足…。 
 慣れない姿勢でしびれる右足。痛む腰。感覚のなくなる両手。いつのまにかくいしばる歯。玄関の敷瓦は、草鞋から絞りだされた水でぐしゃぐしゃになり、冷たさを容赦なく伝えます。
 でも、もぞもぞ動くわけにはいきません。
 古来より、数限りない先輩方の誰もが突破してきた難関…。

 どのくらい時間がたったでしょうか。
 痛みも麻痺して体があきらめ、ちょっと気がゆるんだ頃です。突然、警策(坐禅の時の棒)を持った雲水が、恐ろしい形相で近づいて来ると、
「お引き取りくださいと言ったのに、まだこんな所をウロウロしている。早く立ち去りなさい!」と、私の手巾(太い腰帯)をむんずと引っ張ると玄関の外に叩き出すのです。
 もちろんまたすぐに戻って座り込みを続けることは言うまでもありませんが、「追い出し」と呼ばれるこの作法で、ひどく抵抗したために衣がビリビリに破れてしまったり、剣幕におびえて本当に帰ってしまう人もあると聞きます。

 こうして、寒さと、不安と、緊張と、体の痛みの、長い長い一日が暮れかかると、その日だけは「お客さま」として、とりあえず玄関脇の小部屋に泊まることを許されるのです。   (つづく)

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庭 詰(にわづめ) 禅道場入門〜中〜