「富士ニュース」平成18年7月 4日(火)掲載

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Meiso Jouki

  私のお寺の玄関には、時代ががった一本の番傘が備えてあります。
 ほどよく油の染み込んだ飴色の和紙と無骨な竹の風情がいかにも日本的で、法衣姿にもよく合います。「妙善禅寺」と達筆の墨書があり、大きく広げると袖の長い衣でも濡れにくいという安心感もあって、とても気に入っている一本です。

 愛着のある道具ですから、雨に濡れた後は、乾いた布で拭いてから風通しのいい場所で気長に日陰干し…と、傘が景品などでも手軽にもらえる現代では、大げさな話と笑われるかもしれません。
 こんなに大事にしている傘ですが、実は、あまり出番がありません。

 日常生活で使うには大仰ですから法衣の時にと思うのですが、この車社会では、なかなかチャンスがないのです。その上やはり、(濡らすと紙が弱ってしまうのでは?)という心配もあり、大事な法要のためにと温存しているうちに、使いそびれてしまっているのです。
「さして三年、たたんで三年」…使っても使わなくても寿命は三年ですよ、とお店の人に教えられてはや十年。どれほど出番があったでしょう。

 絵本作家の佐野洋子さんに『おじさんのかさ』という名作があります。
 主人公のおじさんは、口ひげを蓄えた紳士。彼は立派な傘を持っているのですが、大事にするあまり一度もさしたことがありません。傘を持って外出しても、「傘が濡れると大変」と、雨の中を傘を胸に抱いて走ったり、また、雨宿りして止むのを待ったり、ときには知らない人の傘に入れてもらったり…。
 でもある雨の日、公園で出会った子どもたちが楽しそうに傘で遊んでいるのを見て、とうとう傘を開いてしまいます。そして、子どもたちと同じように「雨が降ったらポンポロロン、雨が降ったらピッチャンチャン♪」と口ずさんでいるうちに、なんだかすっかりうれしくなって帰宅し、しみじみ傘を眺めて、(ぐっしょり濡れた傘もいいもんだなぁ、第一、傘らしいじゃないか)とつぶやく、そんなお話です。

「使命」という言葉があります。命を使う、と書きますね。
 傘の使命は、自分は濡れながらも、私たちを雨から守ってくれるということでしょう。だとすると私は、この番傘の使命を果たさせてあげていないことになります。大事にしすぎて長いこと傘を使わなかった、あのおじさんのように。

 近年、詩人・星野富弘さんの『命一式』と題した作品に出会い、大きな感銘を受けました。
「新しい 命一式 ありがとうございます 大切に使わせていただいておりますが 大切なあまり 仕舞い込んでしまうこともあり 申し訳なく思っております」
 闘病の中で、絵筆を口に、すばらしい詩画を世に送り出し、私たちに命の輝きを伝え続けてくださっている星野さんの口から「命を仕舞い込んで申し訳ない」という言葉が出るとは…。
 傘ばかりではない、私こそ命の使い惜しみをしているのではないか、と、省みざるをえませんでした。

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明窓浄机

番    傘

文・絵 長島宗深