「富士ニュース」平成18年8月 1日(火)掲載

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Meiso Jouki

  先日、庫裡(くり)(住まい)の屋根の塗り替えをしていただきました。
 猛暑と梅雨の入り交じる悪天候の日々の中でしたが、縁あって携わってくださった二人の職人さんは、素人目にもわかる誠実さで、とてもいい仕事をしてくれました。
 この春には観音堂の赤い屋根の塗り替えを手がけてくれた、顔見知りの方たちです。工事完了間近のある日、三時のお茶話の中で、こんな会話を交わしました。

「観音堂の時は、傾斜のきつい大屋根で大変だったでしょ?」
「いやいや、足場があるからそれはよかったんだけど、予定外だったのは、いざ塗り始めた途端、見事な桜吹雪で花びらが屋根にくっついちゃって…(笑)。桜はきれいだったけれど、あれには困りました」
「そうでしたね」
「あとはね、前のペンキを剥がしてみたら、下地が亜鉛になっててね。このままだと塗ってもすぐ剥げちゃうから、引っ掻いてペンキの乗りをよくしたり」
「そういえば、何日も屋根に上っている割にはちっとも塗り始めなかったですものね。古いペンキを削って磨く作業を、ていねいにやってくれて…。人間も同じでしょうけど、こういう下地作りが大事なんですね」

「和尚さん、これをしっかりやっておかないと、よく仕上がらないんです。『ケレン』って言うんだけれど、ここに本当に時間がかかる。だから、いざ塗るときはもう終わったようなもんですよ」

 この「ケレン」という磨き作業は、塗装の持ちを左右する重要な工程ですが、完成後は全く隠れてしまうだけに、職人さんの誠意が問われる作業でもあるそうです。
 私ならとうの昔に嫌気がさしてしまうような単調で根気がいる作業を、仕事とはいえ、職人さんは、何日もかけてコツコツと取り組んでくれました。
 観音堂の大きな屋根にへばりついて、黙々と進められる仕事ぶりを見て、それが手作業だっただけに、(ああ、まるで観音さんの御厨子を、丹念に磨き上げてくださっているようだ。ありがたいことだ)という感慨さえわいてきたのです。

 お寺では、いろいろな仏具をよく磨きます。本堂にある須彌壇(しゅみだん)や前机、香炉や燭台だけでなく、折に触れ建物の外壁や外扉までも磨くことがあります。汚れのあるなしにかかわらず、誠心誠意、磨き上げるのです。
 こうして磨き上げながら、「磨いたら磨いただけの光あり、性根玉(しょうねだま)でも何の玉でも」と説かれた、昭和の名僧・山本玄峰老師の言葉を念じつつ、実は、自分の心をも磨いているのです。
 物を磨けば、私たちの心も、その磨かれた物に似てくるのです。

 お盆前の好時節。
 お仏壇のあるお宅は、きれいなお花や御供物を供える前に、ぜひ一度、思い切って、お仏壇の隅々まで磨いてみませんか? 本当に心がすがすがしくなりますよ。
 それだけではありません。御先祖さまだって、そんなみなさんの姿を見て、きっと大喜びされることでしょう。


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明窓浄机

ケ レ ン

文・絵 長島宗深