「富士ニュース」平成18年8月 29日(火)掲載

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Meiso Jouki

  私は、和尚として他所(よそ)へ出かけるとき、道中はできるだけ法衣(または作務着)を着ていくように心掛けています。
 お坊さんがお坊さんらしい格好で街や駅を歩くのも、ささやかな布教になっていいのではないか、と思うからです。
 ある新幹線の車中。
 前の席の背もたれの向こうから、小さな女の子が私の様子を時おり覗き込んでは、逐一お母さんに報告していました。
「ねえねえお母さん、お坊さまが、本読んでる」
 小声で内緒で伝えるのですが、もちろん私には筒抜けです。しばらくすると、かくれんぼで鬼の居場所でも探るかのように、またいたずらっぽい目が覗きます。
「あっ、何か書いてお勉強してる!」
 思わず背すじが伸びる私。こちらもにっこり笑って応えるので安心したのでしょう。報告はますますエスカレートします。
「お母さんお母さん、今度はご飯食べてるよ!」
 まるで大発見でもしたかのようで、おかしくなります。
 そのうちに飽きてくると「お坊さまにはどうして毛がないの?」と尋ねては、親を困らせていました。
 お坊さんに興味を持ってもらえるのはうれしいことです。こんな楽しい出会いも私が和尚姿だからこそで、もしTシャツに野球帽だったらこうはいかないでしょう。
 飛騨地方に法話に出向いたときのこと。黒衣姿のまま、ローカル電車の中でうたた寝してしまったことがあります。
 はっと目が覚めて驚きました。私の手荷物がありません。紫の衣一式に法話原稿、何より大切なものがぎっしり詰まったスーツケースです。これがなければ大変なことになるので、通路に置いて、しっかりと手で押さえていたのですが…見当たらないのです。
 あわてて跳ね起きて捜しだすと、それに気付いた隣席のご夫妻が、ニコニコして声をかけてくれました。
「和尚さん和尚さん、荷物は一番後ろの席の隙間ですよ。スーツケースの下に車(コロ)がついてるから、電車が揺れるとあっちへゴロゴロこっちへゴロゴロ。(笑)じっとしてなかったから、最初は私が手で押さえていたんだけど、お客さんもだいぶ減って持っていかれる心配がなさそうだから、そこへ横にして置いて見張ってましたよ。だいぶお疲れのご様子でしたね。お盆明けですものね。すこしは休まれましたか?」
 私は、正体なく眠りこけていた自分を恥ずかしく思いつつも、見ず知らずの方にこんなにも温かく見守られていたことをありがたく思いました。
 私たちが身につけるお袈裟や絡子(らくす)は「福田衣(ふくでんえ)」とも呼ばれます。
 よく見ると小さな四角い布がたくさん縫い合わせてあり、まるで畔(あぜ)に仕切られた田んぼのようだからです。
 そして、田がよく物を生ずるように、仏教や僧侶を大切にすると、さまざまな福を生むことから、こう呼ばれるのです。
 福は仏教を信ずるすべての信者さんに具わるものですが、この私自身も福田衣のこんな福徳にあずかることがあるのです。

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明窓浄机

福田衣(ふくでんえ)

文・絵 長島宗深