「富士ニュース」平成19年6月 12日(火)掲載

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Meiso Jouki

 「もし一千万円もらったら、何に使いますか?」
 NHKのご当地番組、『ふるさと皆様劇場』の「愉快な夫婦」コーナーで、三組の熟年夫婦が、司会の前川清さんの質問に答えていました。
「夫婦で海外旅行!」
「奥さん(ご主人)にプレゼント」
 なるほど長年連れ添った仲良し夫婦らしい回答だなぁと、微笑ましく見ていたところ、一人の奥さんが、突然こんなふうにおっしゃいました。
「あげるあげる! ぜーんぶあなた(前川さん)にあげる。お金持ってるとろくなことないから」
 カラカラと笑いながら、あっさりとそう言い切ったのです。
 番組上の「もしも…」の話。それに「全部あげる」という痛快なセリフも、とっさのジョークだったのかもしれません。
 でも、驚く前川さんの反応を楽しげに見守る奥さんの笑顔を見ていると、(この方は本当にそうするかもしれないな)と妙に納得させられるような潔さが感じられたのです。

 お金はあればあるほどいいという考えは世の常でしょうが、確かに突然手にした大金で、生き方を見失うこともあると聞きます。そういえば昔、一億円の当選宝くじを、マスコミの前で燃やした方もいましたね。自分の築いてきた価値観が一度に変わってしまうことを恐れたのでしょう。
 それほどまでに私たちの欲は強く、また、私たちは欲には弱いのです。

 かく言う私も、実は、欲のコントロールに関して、とても苦手なことがあります。といってもお金の話ではありません。「バイキング料理」の話です。
 外出先の宿の朝食がバイキングの時など、(腹も身の内)と心の中で念じながら、遠慮がちにお皿に載せるにもかかわらず、(これもおいしそう! これは珍しいから少しだけ)と、ひと口ずつ集めていくうちに…。
 ひと回りして席に着いてみると、お世辞にも美しいとは言いがたい盛り付けになってしまっていることがよくあります。それを見ると悲しくなります。(なんて自分は欲が深いのだろう)と。さすがに、二十代三十代頃の貪欲さは衰えましたが…まだまだ、です。
「バイキング 欲張りすぎて 食べ残し」という川柳もあります。自分の責任で集めた食べ物を残すことはできません。つい食べ過ぎて、これはまたこれで後悔する羽目に。だから、バイキングは苦手です。

 禅の石庭で名高い、京都・龍安寺に、不思議な文字の彫られた蹲(つくばい)があります。水の溜められた四角い中心のくぼみの周囲に、上から時計回りに「五」「隹」「疋」「矢」と四つの文字が刻まれているのです。
「吾唯足知」。吾(われ)、唯(ただ)、足(た)るを知る、と読みます。
 欲をコントロールして、いま手にしているささやかな物にも喜びを感ずることができれば、そこには幸せが訪れる。一方、際限のない欲のままに生きていれば、どこまでいっても喜びは得られませんよ、という教えです。
「少欲知足」ともいわれるこの教えは、私が大切にしている戒めの言葉の一つです。

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明窓浄机

吾唯足知

文・絵 長島宗深