「富士ニュース」平成19年5月 15日(火)掲載

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Meiso Jouki

 妙善寺の境内を散策していると、何体かの石仏に出会います。
 薫風にそよぐ枝垂(しだ)れ若葉に頬をなでられて、くすぐったそうにしているお地蔵さんがいます。
 すさまじい勢いで攻めてくる雑草の生長に押され、草叢に埋もれてしまいそうな仏さまがいます。
 抱っこした子どもと二人、花壇の中で、にこっと笑うニューフェイスの親子地蔵さんもいます。
 植え込みの陰から、こっそりと私たちに手を合わせてくれている石仏さんもいます。
 立て膝に頬杖、くつろぎ姿の仏さまは、蔓(つる)に巻きつかれてちょっとお困りの様子。見ればあごの下に虫がちゃっかり住(すみ)処(か)を作っています。
 なべて、生命の活動が盛んになるこの時期。蜘蛛が巣をかけたり、ミノムシがおでこに蓑を据えたり…動かぬ石仏をめぐって、ほほえましいいのちの出会いが感じられる好時節です。

 この石仏の中に何体か、苔むしてとても古そうに見える仏さまがいます。
 一体いつからここに?と刻字をたどれば、宝暦十一年。二百五十年前の江戸時代です。どうりで、力のぬけた、やわらかいお顔になるわけです。
 年月を経た野仏に見(まみ)ゆると、角が取れた優しいお顔にほっとすることがありますが、この野仏とて最初からそうだったわけではありません。野辺で私たちを見守り続けるうちに、時には雨に洗われ、また時には吹きつける風に磨かれて、少しずつ穏やかに変わっていかれたのです。

 そのお顔を見ていたら、あるおばあさんの笑顔を思い出しました。おん年八十六歳を迎えるその方は、友人のお母さん。私も家に何度かおじゃまして、お世話になっているおばあちゃんです。先日もその友人と、こんな会話をかわしたばかりでした。
「お母さん、どう? 最近お元気?」
「元気元気! 全然変わらないよ」
「へえ、すごいねぇ。あの元気と明るさの秘訣って何だと思う?」
「うーん…。そうだなぁ…。くよくよしない、ってことかな。
 本当はね、寝たきりの親父を家で六年も看て、それに手のかかる息子もいたし、つらいことはいっぱいあっただろうに、おふくろは物事をいいようにいいように考えるんだよ。絶対、悪いほうに考えない。それが明るさの秘訣かな。
 それともう一つは、ぜいたくしないこと。たとえどんなものでも、『食べられるだけありがたい』ってね。いつも手を合わせてる」

 私たちの人生も同じですね。晴れた日ばかりではない。雨あり風あり。辛いことにも、悲しいことにも、思い通りにならないことも、何度も向き合わねばなりません。
 でも、物事は、とらえ方一つ、受け止め方一つ。できるだけでいいから、いろいろなことの中に「ありがたさ」を見つけ、「ありがとう」と受け止められたら…。そんな生き方が続いていったら…
 いつしか心洗われ、心磨かれて、苦労をも感じさせないおばあさんの笑顔に近づき、野仏のような穏やかなお顔に近づけるにちがいありません。  

  ※  ※

第三回「明窓浄机」法話会を開きます。
☆五月二十七日(日)
 午前十時〜十一時
 妙善寺本堂にて。
参加費無料・申込不要
 問合 三四・〇七二九
…新緑美しい中、わかりやすいお話のひとときを。


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明窓浄机

雨洗風磨 うせんふうま

文・絵 長島宗深