「富士ニュース」平成19年10月 30日(火)掲載

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Meiso Jouki

 「和尚さん和尚さん! 大変大変。ちょっとお願いします」
「どうしたの!」
「ガイジンの男の人が二人でなんか叫んでる。中学生に声をかけたらしいけど、わからないらしいの。何とかして!」

 息せき切って駆け込んできた母に促されて夕暮れの境内に出てみると、鐘楼にちゃっかり腰掛けた欧米系の男性二人。初老の父親とその息子といったところでしょうか。富士市の観光マップを持って、困り果てた様子です。
(ま、いつもの破れかぶれ英語で何とかしてみるか…)
 にこやかに近づいて「ハウドゥユ・ドゥ」(こんにちは)と、とりあえずご挨拶して握手。
 そんな私に安心して一気に話しかけてきた彼らでしたが、聞き取れたのは「オーストリアから来た」「鑑石公園に行きたい」ということだけ。それならば、あれこれ説明するより一緒に行った方が早い、「こっちへ、レッツゴー」と、下駄を鳴らして案内したのでした。

「鑑石」は富士市の史跡にもなっている湧水地。近年公園として整備されたばかりの新名所です。
 遠い昔、縁あって妙善寺観音堂に仮住まいしていた絶世の美女・照手姫が、日々この湧き水に姿を映して身づくろいを調え、髪梳っては、恋い慕う武将との再会を期し、やがて観音さまのご加護でめでたく結ばれたという伝説の地です。
 そんないわれを、貧弱な英単語とジャスチャーを頼りに説明したつもりの私でしたが、何とか半分ぐらいは伝わったようでほっとしていたところ、次々にハイレベルな質問が投げかけられてきました。

「ユーは僧侶か?」
「はい。禅僧ですよ」
「何年くらいこの寺にいるのか?」
「…うーん。かれこれ三十年くらいかなぁ」
「オー。そんなに長く…。それでは弟子は何十人くらい育てたのか?」
「弟子…? 家族は五人ですが…」
「? それだけ修行をしていたら、坐禅瞑想の中で、心にぱっと光がさすような体験があるのではないか?」
「エンライトメント(悟り)の体験でしょうか。うーん、キリスト教とはちょっと違いますから…なんと言ったらいいか」
「そうか。ところで、日本の若者はどうだ? 仏教に関心があるか?」
「あまりないですねぇ」「やはりそうか。私の国でも同じだ。若者の一番の興味はマネー(お金)だな」
「そうですね、日本ではあとはケータイとインターネットかな」
「(笑)それとDS(ゲーム)じゃないかな」
「そうそう(笑)」

 せっかくだからと周辺を小一時間案内し、ちぐはぐな会話ながらも、ささやかな国際交流のひとときを楽しませていただきました。
 十月十四日、富士市四十八番目のまちの駅『滝川のお観音さん』が開駅しました。これを機に、こんな楽しい出会いが増えることを願っています。
 四季折々自然が楽しめる境内です。ウォーキングの足を伸ばして、ぜひ訪れてみてください。
 

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明窓浄机

滝川のお観音さん

文・絵 長島宗深