「富士ニュース」平成19年12月26日(火)掲載

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Meiso Jouki

  先日の『明窓浄机』法話会の時のお話です。
 その日は、お天気に恵まれたのどかな紅葉日和でした。
 年忌法要を含め、お寺には年に何回か人が集まる機会があるのですが、「ただお話を聞いていただく」という目的だけでお寺にご足労願うのはこの時だけ。その上、全くの自由参加ですから、どこのどなたがお見えになるのか皆目見当もつきません。
 三々五々集まってこられるみなさんの様子を見ていると、どことなく、学ぶ悦びに向かう期待と真剣さが感じられて、出番を待つ私も気持ちにスイッチが入ります。
 予定時刻間近となり、みなさんがほぼ席に着いたのを見届けた私は、着替えを仕上げ、控室の窓から本堂前を眺めながら、法話のイメージをもう一度確認していました。
 その時です。背をこごめてシルバーカー(歩行補助カート)を押したご近所の常連さんが、ぎりぎりに到着したのが目に入りました。

 いくら寺のそばにお住まいとはいえ、なにしろ私の寺は、境内に入ってからも急坂ありデコボコ道ありで、本堂にたどり着くまでにはひと苦労です。ひたすら足元に気を配りながら、近くて遠い道のりを、せっせと進んでこられたのでしょう。
 やっとたどり着いた本堂前。そのご婦人は、ゆっくりと視線を上げ、ふと一瞬とまどったような横顔を見せました。そこには最大の難関、六段の階段があったのです。

(…シルバーカーが持ち上げられない)

 誰か近くにいれば、手を借りることができたのでしょうが、あいにくみんなもう本堂の中です。
 私が黒衣姿のまま飛び出していこうとしたその矢先、柱の陰から一人の男性が現れ、さっとシルバーカーを運んでくれました。そして、すぐさまもう一度下まで降りてきてご婦人の隣に寄り添うと、手を差し出して、にこやかにこう言ったのです。
「手伝いましょうか?」
 ふっと表情が和ぎ、安堵を浮かべてにっこり笑ったご婦人が、(悪いねぇ…)と言いながらおずおずと片手を差し出すと、その手を迎えに行くように、注意深く包み込んだ男性の両手。

 その時、男性が本当に申し訳なさそうにこう言った声が、窓ガラス越しにもはっきりと聞こえたのです。
「冷たい手で、申し訳ない!」
「いえいえ、とんでもない。ありがとうねぇ」  開始前まで外で時間待ちをしていたその人の手は、いくら穏やかな小春日和の中とはいえ、冷え切っていたのでしょう。
 ちっとも謝る必要のないことなのに、その人は「申し訳ない」と確かにそう言ったのです。
 いいお話を聞きたい、お釈迦さまの教えにふれれたいという素直な心が集まった「お寺」というこの場だったからこそ、こんな自然な手助けができ、またお互いを思ってこんな素直な言葉を交わすことができたのかもしれません。
 私はこの姿を思い出すたび、今年一番のうれしい光景として、心温まる思いに包まれるのです。

 

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明窓浄机

ぬくもり

文・絵 長島宗深