「富士ニュース」平成20年4月15日(火)掲載

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Meiso Jouki

  中学生の頃のお話です。春休み、台所に立つ私に、母が声を掛けてきました。
「何してるの?」
「タンポポコーヒー作ってるんだよ。科学の雑誌に出てたから。根っこをこうして煮ると、なんと、コーヒーみたいな味がするんだって! あとでご馳走するから」
 さらしに包んだ根を鍋でぐつぐつ煮出しながら、そう得意気に報告する私に、母はあきれたようにこう言いました。
「えっ! 根っこまで全部掘っちゃったの?こんなにたくさん。かわいそう…やっと花開いたのに。これじゃぁ、来年はもう咲けないじゃない」
 本当に悲しそうに、そうつぶやいた母の言葉を聞いて、いっぺんに複雑な思いになってしまった私でした。その上、肝心のコーヒーの味はといえば…泥臭くて生臭くて、飲めたものではなかったのです。一時間以上かけて、地面にはいつくばって何本もていねいに根を掘り、きれいに洗ってふいて煎ってと、説明通り根気強く作ったつもりだったのに…。

 半日がかりの力作コーヒーを、仕方なくこっそりと野原にしみこませに行くと、そこには、掘るときは見向きもせずにちぎって捨てたタンポポの花が無惨に散らばっていました。もうすっかりしおれてしまった花を見て我に返り、(ひどいことをしてしまったなぁ)と、しみじみ後悔した苦い思い出です。

 その十数年後、南アルプス山頂付近のお花畑でタンポポを見つけた私は、その姿にたいそう心打たれました。(こんな高い所にもタンポポが咲いている! 名だたる高山植物と肩を並べて)と。
 以来、何かにつけてこの花に興味を持つようになりました。
 九州を旅した折に発見して感動した白いタンポポ。西日本では、白いタンポポが普通に見られるのです。
 日陰で背比べするように、茎を五十センチ以上伸ばした、ひょろひょろタンポポとの出会い。地中深くしっかりとおろされた、驚くほど長い根っこ。(一〜二メートルにもなるとか)
 そしてパラシュートのようにふわふわ宙を舞う綿毛の気ままな空の旅。
 英語名「ダンデライオン」の由来は、ぎざぎざの葉がライオンの歯に似ているからというのも、ちょっと知的好奇心をくすぐられました。
 厳しい冬に少しでも光を受けようと、地面いっぱいに葉を広げる姿。その姿ゆえに人に踏まれやすいけれども、それでも、どんなに踏みつけられても何も言わず生き続ける生命力。そこから感じられる忍耐力と明るさは、「タンポポや人に踏まれて笑い顔」と、古人の詠むところです。
 強さと明るさの花、タンポポ。今となっては、私の好きな花の代表格になりました。
 滝川のお観音さんの境内は今、木々が新芽を競う中、八重桜が咲き始めました。ときおり鴬がさえずり、風に乗ってどこからともなく甘い香りが漂うさまは、さながら桃源郷のよう。
 もちろん、日だまりに咲く黄色いタンポポも、陽春に彩りを添えてくれています。

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明窓浄机

タンポポ

文・絵 長島宗深