「富士ニュース」平成20年6月10日(火)掲載

116



Meiso Jouki

 「タイトルの下のイラストは誰が描いているのですか?」
『明窓浄机』の読者の方から時々尋ねられることがあります。下手なイラストですが、もちろん私が描いています。趣味とも言えないような、ささやかな楽しみです。

 あるお寺で、和尚さんと二人、昼食をとっていたときのこと。こんな出会いがありました。
 さっきから私のことが気になっていたそのお寺の末娘さんが、紙とサインペンを手に客間に入ってきて、「ミッキーさん、かいてあげる」と、一生懸命に合掌姿のミッキーマウスを描いてくれたのです。
「それじゃ、今度は和尚さんの番。紙を一枚くれる?」そうお願いすると、「うん、いいよ。ちょっと待ってて。お母さーん」と、コピー用紙を持ってきてくれました。
 私は、和尚として外出するときには大概、筆箱を持ち歩いています。中に入っているのは、黒・灰色・ブルーの三本の筆ペン。黒・赤の細いサインペン。それに落款と朱肉です。これだけあれば、いつでも私らしいイラストが描けるのです。
 まずは『合掌ミッキーさん』のお返しに『合掌和尚さん』を描き、「あなたのやさしい心をたいせつにね」と書いてプレゼントしました。
 そばでじっと見守っていた彼女は、紙を手にするとぱっと部屋の外に飛び出し「お母さん! お客さまがじょうずに絵をかいてくれた」と、台所へ報告に。気に入ってくれたようです。襖の向こうで歓声があがります。
 と、入れ替わりに男の子が飛び込んできました。五年生のお兄ちゃんだそうです。紙を一枚しっかり持っています。
「あの…僕にも…」
 おやすいご用です。今度は『和尚さんの食事』の絵を描き、「食べ物のいのちに感謝。ありがとう、いただきます」と添えました。最後に色鮮やかなブルーで色を塗ると、彼の目がぱっと輝くのがわかりました。
 またさっきの娘さんのよく通る声が、向こうの方で聞こえます。
「ねぇ、お姉ちゃんも描いてもらいなよ〜」
「ええっ、いいよ。いらないよ私は」 
「いいじゃん、ほらぁ」とうとう押し切られたようです。部活動姿の中学生が、「失礼します」と入ってきて、「私もいいですか?」と、おずおずと紙を差し出しました。
 今度は『坐禅する和尚さん』の絵を描き「心をととのえて、あなたの命を大切に使おうね」と墨書しました。神妙に私の手元を見つめていたこの娘さんも、完成した絵を感慨深げに受け取ってくれました。思春期のはにかみを含んだ笑顔で。

 もとより素人のイラストですから、こんなに喜んでいただくのはかえって恐縮なのですが、喜んでいただけるのがうれしくて、こんなふうに描き続けています。最近、にこにこスマイルの絵を描くと、絵にそっくりと言われることがありますが、そうでしょうか?
 実は、私のイラストは、この顔しか描けません。おまけに、こんな簡単な顔なのに、素人の悲しさで同じ顔は二度と描けません。ですからこの世に二つとない、まさに一期一会のスマイル和尚というわけです。
 絵は、私にできる、ささやかなお布施なのです。

おはなし 目次に戻る
明窓浄机

趣味のイラスト描き

文・絵 長島宗深