照手姫の鏡石

唱歌『照手姫の鑑石』

 大正の頃、小学校の郷土教育に熱心であられた神田英太郎氏が、原田尋常高等小学校に校長として着任された折(在任大正13三年〜昭和6年)、同校訓導清儀彦氏と共に『郷土読本原田村篇』を発行しました。この歌はその中に掲載されたものです。

(在任大正13年〜昭和6年)
照手姫(てるてひめ)の鏡石(かがみいし)     
                 原田尋常高等小学校訓導  清 儀彦 作詩
                 原田尋常高等小学校校長  神田英太郎 作曲
 
(一)
み空に高き富士ヶ根の  清き姿を心にて
幾夜(いくよ)旅寝(たびね)の風の音  かたぶく月に物思ひ
憂(う)き歳月(としつき)を青墓(あおばか)の  里に此の世を浮き沈み
漂(ただよ)ひつつも藻塩草(もしおぐさ)  花咲く春とはなりにけり

(二)
野辺(のべ)は緑の薄衣(うすごろも)  鶴は下(お)り立つ田子の浦
浦辺(うらべ)を通ふ真帆(まほ)片帆(かたほ) 漁(すなど)る舟も数見えて
桜は匂ひ蝶は舞ひ 長閑(のどか)に晴るる春田路(はるたじ)や
日数(ひかず)重ねて照手姫 藤(とう)澤(たく)山(さん)にぞ着き給(たも)ふ

(三)
緑もぞ濃き森の下 玉なす泉 石(いわ)の面(おも)
洗ひて流るる谷川の 水の精気(せいき)にみ手洗ひ
口すすがれつ おぐしあげ 姿をうつす鏡石
光は永久(とわ)にしるくして 後の世までの語り草

(四)
上(のぼ)れば名高き妙善寺 鬼鹿毛眠る観音堂
香華(こうげ)をたむけ手を合わせ 弔(とむら)ふ中に花吹雪
み袖(そで)にかかる有様(ありさま)は 天地情(てんちじょう)あり梵鐘(ぼんしょう)の
響きわたるもあはれにて 千々(ちぢ)に心は乱れけり

(五)
常陸(ひたち)にありて満重(みつしげ)の あへなくなりしその後は
いかでこの世にあらんとや 緑の黒髪ふっつと切り
固き心を墨染(すみぞめ)の 衣(ころも)の袖(そで)におしかくし
菩提(ぼだい)を弔(とむら)ふ健気(けなげ)さよ 菩提(ぼだい)を弔(とむら)ふ健気(けなげ)さよ

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